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前橋地方裁判所桐生支部 平成4年(ワ)46号 判決

主文

一  被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の墓地へ遺骨の埋蔵を妨害してはならない。

二  被告は、原告に対し、金一〇万円及びこれに対する平成四年五月二日から支払済みにいたるまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、これを五分し、その一を被告の、その余を原告の各負担とする。

五  この判決は、二項に限り仮に執行することができる。

理由

第一  請求

一  主文一項同旨

二  被告は、原告に対し、金一〇〇万円及びこれに対する平成四年五月二日(訴状送達の日の翌日)から支払済みにいたるまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  争いのない事実

1  原告は、日蓮正宗の信徒であり、被告所属の信徒であつて、昭和五二年に被告が所有し管理する別紙物件目録記載の墓地二区画(以下「本件墓地」という。)を代金一四万円で購入し、永代使用権を取得した。

2  原告は、平成三年九月一〇日被告に架電して死亡した妻花子の遺骨を本件墓地に埋蔵したい旨申し出た。

3  原告は、さらに、同月二七日、被告寺を訪れ、住職(代表者)に対し、同趣旨の申出をした。

二  争点

1  原告の主張

被告は、原告の一、2、3記載のとおり二度にわたる妻花子(平成三年六月二八日死亡)の遺骨埋蔵の申出をいずれも拒否し、原告に多大な精神的苦痛を与えた。これを慰謝するには一〇〇万円をもつてするのが相当である。

2  被告の主張

(一) 被告は、墓地使用者が墓地、埋葬等に関する法律、同規則、無量寺霊園使用規則に従う限り、遺骨の埋蔵を拒否することはないのであるから、原、被告間に紛争はなく、今後も紛争の生じる余地はないので、本件は、訴えの利益を欠く不適法なものである(本案前の抗弁)。

(二) 本件は、日蓮正宗の寺院と、その信徒の間の信仰の問題であり、司法の判断になじまない事案である(本案前の抗弁)。

(三) 原告は、九月一〇日の架電による申出においては勿論、同月二七日被告寺を訪れた際にも、亡花子の遺骨も分骨証明書も持参していないので、本件においては、そもそも墓地、埋葬等に関する法律一三条にいう「埋蔵の求め」はない。

(四) 原告は、被告所属の信徒であるのみならず、その檀徒でもあるので、被告は、亡花子の遺骨の埋蔵に先立ち、本宗の化義に従つた僧侶による読経、回向等典礼を受けるよう教導したものであり、遺骨埋蔵の申出を拒否したことはない。

(五) 仮りに直ちに埋蔵が行われなかつたことが拒否と評価されたとしても、本宗の檀徒である原告に対し、本宗の教義による儀式を行うことを教導することは布教活動としての正当な行為であり、「正当な理由」なく埋蔵を拒んだことにはならない。

第三  争点に対する判断

一  原告は、昭和三一年一二月に日蓮正宗(創価学会)に入信し、創価学会寄進の被告に所属しているが、平成二年一二月に池田大作が法華講総講頭の職を失い、さらに、同三年三月に創価学会の月例登山会を廃止する旨の通告が日蓮正宗から学会になされたころから宗門と学会の軋轢が深刻になり、日蓮正宗の信徒の一団体である学会会員は、僧侶による宗教的儀式を拒否し、同志葬を行うようになつて、群馬県内においても平成三年六月に同志葬が施行され、会員である原告(被告もこれを熟知している。)も亡花子の葬儀に日蓮正宗の僧侶の関与を拒み、同志葬を執り行うとともに、被告に対し、被告寺の住職の読経などをせずに同女の遺骨の埋蔵のみをしたい旨前記のとおり申し出た。

二  被告は、原告の九月一〇日の架電による亡花子の遺骨埋蔵の申出及び同月二七日被告寺を訪れての同旨の申出のいずれにおいても、僧による死亡から遺骨の埋蔵までの宗教的儀式を施行するように勧め、原告がそれらをしないまま遺骨の埋蔵を希望する理由を質したのみで、遺骨の埋蔵に必要な遺骨の確認、埋蔵許可証の呈示を求めることもなく、原告の申出に明確な回答をせず、二七日には「寺院墓地の管理者は、・・・無典礼で埋葬蔵を行うことを条件とする依頼に対してはこれを拒むことができる。」と記載された宗教判例集のコピーを原告に手交したことが認められる。

三  以上の経過に、原告にとつて、被告代表者(住職)は三〇年近く自己が属する寺の住職として宗教的教えを請うてきた者であることを併せ考えると、原告と被告との亡花子の遺骨埋蔵をめぐる交渉過程における被告住職の言動は、原告にとつて申出の拒絶といえるものであり、原告において、これ以上折衝を重ねても平行線をたどるばかりで、承諾を得られず、結局埋蔵できないのではないかと判断したことは無理からぬものであるといえる。

四  加えて、その後である平成三年秋ころ被告が寺を訪れる信徒を教導するために交付する目的で準備した書面や、同四年一月ころ被告の墓地に設置した立看板に記載された文言は、明らかに被告の施行する典礼を受けなければ埋葬できないと読み取れるものである。

五  さらに、被告は、本件の第二回口頭弁論期日において、原告が埋葬許可証と共に遺骨を持参すれば、埋蔵を認めるか否かについて、裁判官から釈明を求められたのに対し、回答を留保したまま弁論終結に至つたもので、いまだ訴訟上の明確な回答をしていない。

六  なるほど被告は、平成四年以降、被告の承諾を得る前にすでに遺骨の埋蔵行為に着手するなど強行な手段に出た者に対し、積極的な妨害行為を採らなかつたことは認められるものの、前記認定の諸事情に照らすと、そのことから直ちに、将来原告が埋葬許可証と共に亡花子の遺骨を持参しさえすれば、その埋蔵を認めるとまで断ずることはいまだできないといわざるを得ない。

七  以上によれば、本件は、寺と信徒(なお、原告が被告の信徒にとどまらず、檀徒であることは、証拠上明確ではない。)との教義に関する紛争という一面も否定できないものの、原告の本訴請求は、要するに、購入した墓地の使用権の確保と被告の不法行為に基づく損害の賠償を求めているものであり、その前提として教義あるいは信仰の内容について審理、判断する必要はないから、法律上の争訟に該当するものといえ、かつ、訴えの利益も肯認できる適法なものであるから、被告の本案前の抗弁はいずれも失当である。

八  ところで、被告代表者は、本件墓地への埋蔵の申込みをした原告に、被告の信徒として従うべき宗教上の教義等を諭したものであり、それ自体は布教活動として正当なものといえるが、前記のとおり、当時、宗門と創価学会は、形式的には同宗とはいえ深刻な対立関係にあり、しかも、原告は、僧侶による宗教的儀式を拒否するという学会会員の行動に同調して右教導に従う意思はなかつたのであつて、このことは、平成三年九月一〇日の架電の内容で当初から被告代表者に明らかであつたにもかかわらず、同人は、二七日にも前記二において認定した挙に出たなどの諸事情を総合して判断すると右代表者の所為は、自己の教導に従わない限り墓地の使用を事実上承認しないとして、埋蔵を拒んだと評価されてもやむを得ないもので、なおかつ拒否したことに正当な理由を肯認できないから、被告は、右代表者の行為により原告が被つた精神的な苦痛を慰謝すべき義務があるといわなければならない(宗教法人法一一条一項)。

九  そこで、被告が原告に対して賠償すべき慰謝料の額について判断する。

原告は、本件墓地を取得した後、長年創価学会会員が多数葬られているとの理由から、桐生市からJRを利用すると七〇分、車で二時間(原告)程度の距離にある渋川市所在のはるな平和墓苑に墓地を購入し、亡花子の七七日忌である平成三年八月一五日、大小に分けてあつた大きい方の遺骨を同墓苑に納骨し、本件墓地が、桐生市内に存し、家族や親族の墓参に便利であるとの考えから、百箇日に当たる同年一〇日六日本件墓地への埋蔵を希望していた(原告)ところ、被告代表者の、教導としては妥当性を欠く言動により、本件墓地へ希望の時期に埋蔵できなかつたことによつて、少なからぬ精神的苦痛を覚えたであろうことは推認できるが、他に使用しうる墓地が無いわけではなく、唯一の墓地への埋蔵を拒絶された場合ほどの深刻さは認められず、現に、亡花子の遺骨はすべてはるな平和墓苑に埋蔵されている(原告)等本件に顕れた一切の事情を勘案すると、原告が被つた精神的苦痛に対する慰謝料は、一〇万円をもつて相当と認める。

一〇  本件訴状が平成四年五月一日被告に送達されたことは、記録上明らかである。

(裁判官 合田かつ子)

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